有名パチスロ漫画誌の休刊、国民的レスラー・アントニオ猪木さんの逝去…相次ぐ暗いニュースに業界の大御所もしんみり
パチンコ業界にも多大な影響を及ぼしたアントニオ猪木さん
2022年10月1日、国民的プロレスラーで元政治家のアントニオ猪木さんが逝去した。アントニオ猪木さんは移住先のブラジルで力道山にスカウトされてプロレス界入り。後に「新日本プロレス」を発足させ、異業種格闘技興行も率先して開催した。
政治家としては1989年にスポーツ平和党を結成して、参議院議員に。史上初のレスラー議員として注目されるだけでなく、北朝鮮への訪問、湾岸戦争時のイラク在留邦人人質解放など、数々の功績を残した。
パチンコ・パチスロとしては、2002年に4号機『アントニオ猪木という名のパチスロ機』が登場。そのインパクトあるタイトルと類稀な出玉性能で多くのファンを魅了し、以降、人気シリーズのひとつとして定着した。ちなみに、パチンコを含めてこれまで20機種以上のタイアップ機が製造されている。
人気演者で番組制作会社の社長も務めるヒロシ・ヤング氏は、自身のYouTube「ヤングちゃん、寝る」内の人気動画「パチ裏ワイドショー」にて、そんなアントニオ猪木さんについて回想。先述した『アントニオ猪木という名のパチスロ機』に関する私見も述べている。
これによると、当機の大ヒットはアントニオ猪木さんのキャラがパチスロに「向いていた」と解説。ヤング氏は「1・2・3」→ボタンを押して「ダー」というお馴染みの合唱がフィーチャーされた演出をピックアップし、この演出についてはスタッフも「『3』ていうのが(いい)」と同意した。
ヤング氏によると当時、アントニオ猪木さんは「来店の仕事もたくさんやられていた」そうで、そのギャラは「超高額」だった模様。それでもアントニオ猪木さんのファンだというホール店長からの依頼が殺到したそうで、中には「自ら闘魂注入をされたがる」者もいたそうだ。
スポーツや政治のみならず、パチンコ・パチスロ業界にも多大な影響を及ぼしたアントニオ猪木さんの他界に対して、ヤング氏は「寂しいです、ホントに」とコメント。続けて、「アントニオ猪木さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。お疲れさまでした」と頭を下げた。
有名パチスロ漫画誌がついに休刊
また、当動画では10月発売号を以て休刊したガイドワークス発行「パチスロパニック7」についても言及している。パチスロパニック7は技術介入機やCT機で盛り上がる1998年に創刊。その後、大量獲得機やAT機の台頭による空前のパチスロブームに乗る形で、全盛期には45万部を売り上げる大人気漫画誌へと成長した。
ヤング氏曰く、人気の要因は「解析やゲーム性を漫画で分かりやすく説明した」こと。これによって幅広い人に読まれ、実際、当時のホール開店前は同誌を小脇に抱えている客が目立った。
だが、インターネットの普及で情報の価値が低下。徐々に発行部数が落ち込む中、映像DVD付録や女子ライターグラビアなどで巻き返しを計ったものの、売り上げ回復には至らなかったようだ。
昨今、パチンコ・パチスロ系紙媒体の休刊が続いている。これについてヤング氏は、「今、パチンコ・パチスロ系紙媒体の終焉を見届けてる真っ最中」とコメント。「いよいよ終わりを迎えつつある。最終コーナーを曲がったかなって感じがある」とし、「今後も廃刊・休刊は続くと思う」「1つの役割を終えた」と予見した。
(文=編集部.)