かつてのパチンコ雑誌は「不適合者の受け皿」!? 業界の大御所たちが有名攻略誌の編集部員たちを回想
全盛期と比べて発行部数は激減したものの、今なお、あらゆる企画でファンを楽しませてくれるパチンコ・パチスロ雑誌。無論、雑誌の製作にはライターや編集者など様々な人々が携わっており、その編集者のたゆまぬ努力があったからこそ、アンダーグランドなジャンルの雑誌が一定の地位を確立したともいえる。
ただ、そんな雑誌に携わる人々には奇人変人が多かった模様。ヒロシ・ヤング氏によるYouTubeチャンネル「ヤングちゃん、寝る」内の動画「奇人変人大集合!?『パチンコ必勝ガイド』編集部に居たおかしな人たち!!」では、大崎一万発氏と共に、かつてのパチンコ必勝ガイド編集部について回想している。
ヤング氏はかねてから持論があるそうで、ライターでいえば沖ヒカル氏・木村魚拓氏・ういち氏など、ガイド系に「おかしなヤツラばっかりいる」のは、全てパチンコ必勝ガイド初代編集長だった末井昭氏が「おかしな磁力で吸い寄せた」と発言。
これには後にパチンコ必勝ガイドの編集長を務めた大崎氏も納得で、「普通だったら不適合で弾かれるところを全部、受け止めた」とした後、受け止められた側も「これでいいんだ」と安心した結果、変なところがさらに伸び、それが「面白い」との評価に繋がったと分析している。
一方、編集者たちも、不適合者ながらも仕事の取り組みに対してはマジメ。当時は、10数人で増刊を含めて4冊程度の雑誌を製作していたそうで、ハードなスケジュールの中、マジメで「責任感が強すぎる」が故に、「ガ~ってなって、逃げちゃう」人も少なくなかったそうだ。
また、大崎氏によると、徹夜業務が当たり前の締め切り間際になると、「斧を振り回しながらパンツ一枚で仕事してる人」もいたとのこと。これには「思っていたのと違う」と予想外の奇人変人ぶりにヤング氏も大笑いしたが、その人も最終的にはどこかへ逃げてしまったという。
反面、大事な原稿を電車に忘れてしまうようなミスをする人々でも、ある種、編集者のプライドは持ち合わせていたようで、入手したパチンコ攻略法を掲載雑誌の発売前に実践するといった行為に出た者はいなかった模様。「守るべき所はしっかりと守る、信用できる編集部だった」と大崎氏は当時の同僚たちを振り返っている。
そんな個性的な人々が集うパチンコ・パチスロ雑誌の編集部だったが、現在は「サラリーマンもできる」常識的な人々が中心とのこと。不適合者の受け皿だったハズなのに、いつのまにやら「ふるいにかけられた」そうで、結果的に馴染めない者たちは姿を消すようになり、そんな状況をヤング氏は「スゴイさみしい」と嘆いている。
大崎氏曰く、当時は「センスがあって頭がいいけど、一般的には伝わらない人たち」がパチンコ・パチスロ雑誌を作った時代。そんな時代を知りたい方々には、是非とも当動画をご覧いただきたいものである。
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