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ぼくらはあの頃、アツかった(2) いつもホールで食べていた『天ぷらうどん』の味が今でも舌に残っている

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 毎度毎度D店ばかりに行っていたわけではない筆者とは違い、Mさんはその店の完全なジグマであった。車を持っていなかったので、その店しか選択肢がなかったとも言えるが、とにかく筆者が週に一度か二度ほどD店に顔を出すと、Mさんは必ずそこにいて、そして「何か食べる?」と言っては天ぷらうどんをご馳走してくれていたのである。

 そんな、Mさんと筆者の蜜月は──恐らくは半年ほどは続いたと思う。終焉は突然訪れた。

危険な罠

 例の軽食屋である。うどんを啜ってると、Mさんが筆者に向かってこんな事を言い始めた。なんか言いたいことがある感じの雰囲気は少し前から出てたので、筆者もちょっと覚悟していた。そして飛び出した言葉を聞いて、ああやっぱりと思った。

「ねぇあしの君。ネットワークビジネスって知ってる?」
「知ってます」
「興味ある?」
「全然ありません」

 これだけである。ちょっと冷たい言い方になったが、筆者の大学時代はいわゆる「マルチ商法」が凄い勢いで流行っていた時期と完全に被っていて、身の回りにこういう話は腐るほどあった。マルチにハマって身持ちを崩した友達も多数居るし、馬鹿な同級生が卒業アルバムを業者に売ったがために、3日に一度はあらゆる会社から実家宛に勧誘の電話が掛かってきていて、なぜか筆者が父親から叱られるということまでもがあった。

 そう。筆者は──というか筆者と同年代の人間は、ネットワークビジネスの事など、ゲップが出るほどご存知なのである。

 しばし無言でうどんを啜り、それから筆者は口を開いた。

 何を言ったかあまり覚えてないが、少し警告めいた事を言ったように思う。Mさんはそれを聞いて力なく笑って、そうだよねぇ、と言った。

 あ、この人、相当お金使ってるな、と直感した。

 使いすぎて、抜け出せなくなっているのだ。回収の見込みもない商材。仕入ればかりが膨らみ、首が回らなくなる寸前。現実が迫る。迫ってくる。逃げる。パチンコを打つ。パチスロを打つ。うどんを食べる。ご馳走する。小さな満足。虚栄だ。と思った。現実逃避なのである。Mさんがどう考えてもボッタ店であるD店で、平気な顔して打ち続けている理由がなんとなく分かった。

 打つ事。逃げること。それ自体が目的化していて、収支は二の次なのだ。

 思えば、Mさんは学生でもないのに毎日ホールに居た。たぶん無職である。しかもそれがないと生活に支障が出るレベルの田舎にあるホールの近所に住んでいるのに、車を持っていなかった。きっとローンが組めないのだろう。と思った。

 蛍光灯の灯りを受け、M字にハゲた額が美しく輝いている。うどんの味。天ぷらの衣にダシが染み。ピリリと香る山椒の風味。沈痛な気分とは裏腹に、うどんはやっぱり、とても美味しかった。完食して割り箸を置く。レジへ向かう。尻のポケットから財布を抜き取ろうとする筆者の動きを手で制し、Mさんはいつものように──。

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