パチンコ店で「無理やり事務所に連行」されそうに!?【ドラゴン広石『青春と思い出のパチスロと、しばしばパチンコ』4話:スペースバロン】
業界の努力に私は敬意を表したい
前回は、ホールで台をぶっ壊した客と、それを取り押さえようとした店員さんの大立ち回りを目撃したエピソードを綴りました。
現在はどこのパチンコ店も従業員に対する教育が行き届き、店員さんはみんな親切で応対も丁寧ですが、昔は「スネに傷を持つワケありが最後に流れ着くのがパチンコ店員」と揶揄されていたことからもわかる通り、コワモテで態度の悪い店員さんも多かったのです。
実際、昭和50年台の中頃までは、パチンコ店に住み込みで働く出自不明の単身者や夫婦者がかなりの数いたらしく、経営者が彼らを雇う際にも過去の経歴は不問にしていたそうなので(そうしないとパチンコ店で働こうとする人が集まらなかったと聞きます)、犯罪者や駆け落ちカップルが身を潜める場になったということも仕方がないことでした。
さて、今回は私自身に危険が及びそうになった事件について紹介します。あらかじめ申し上げておきますが、前回の話もこれから語るエピソードも、自分が目撃、あるいは体験したことを自分の目線で語るだけであり、パチンコ店およびそこで働く店員さんを貶めようとする意図は全くありません。
むしろ、初心者や女性が一人で入ることができなかったようなカオスな環境を、長い時間かけて綺麗で快適で誰もが安心して入れる環境に作り替えた、業界の努力に私は敬意を表したいと思っています。
そんなわけで、前置きはここまで。
以下、本編です。
第4話 スペースバロン
時は昭和58年の初夏。その頃、私は渋谷の國學院大学に在籍する学生でした。当時の私は意味もなく東京にあこがれてましてね。せっかく上京するなら、尊敬するミュージシャン・さだまさしさんの後輩になろうと考えて、同大学を受験しました(さださんは國學院大学法学部を中退されております)。
単にそれだけの理由で選んだ大学ですから、入学して時間が経てば、講義に出席する頻度も少しずつ減っていきます。それでも要領だけは良かったから、進級するのに必要な必須科目の受講と、要卒単位の計算だけは怠りませんでした。
でもって、暇な時間にやっていたのは例によってパチンコ&パチスロです。ただし、当時の東京都は両者の併設が認められていなかったため、貧乏学生で小心者の私は専らパチンコばかり打っていました。
渋谷駅の周辺で私が発見したパチスロ専門店は1軒だけ。JR渋谷駅の東口に隣接した「ビッグプレイ」という店ですが、薄暗くて狭い空間に怖そうな人たちがたむろする店内に入った瞬間、独特の雰囲気に威圧された19歳の私は完全に萎縮して、逃げるように店を後にしました。
せめて設置機種だけでも確認していれば話のネタにもなったんですが、当時は約40年後にこんなコラムを書くなんて夢にも思わなかったから、以後、二度とこの店には近づきませんでした。
閑話休題。私がよく通っていたのは宮益坂の中腹にある「タンポポ」というお店でした。
タンポポの交換率は3.3円。当時2.5円交換が主流だった中で、この高交換率は短時間勝負に向いていたため、講義の合間などによく通っていました。大学の講義は1コマ2時間につき、その程度の空き時間でも勝負になってたんです。
事件が起きたのは、とある日の夕方でした。その日の講義を受講し終えて、帰宅する前にタンポポに寄り道した私は、『スペースバロン』という権利物のカド台に座りました。
これが運良く安い投資で権利発生し、気持ちよく大当りを消化していたところ、いきなり頭上から罵声が飛んできたんです。
「何やってんだ、この野郎!」
驚いて振り返ると、鬼の形相の店員さんがこちらを睨んでます。その瞬間、冷たいものが背筋を伝ったんですが、よくよく見ると睨んでいる先は私ではなく、私の右隣で打っている若いサラリーマン氏でした。
「ハンドル固定なんてやってんじゃねぇ!」
なるほど、確かに右隣のサラリーマン氏は、ハンドルに百円玉を挟んでいます。ただ、このサラリーマン氏も度胸があるというか、強心臓というか…。店員さんの怒声に怯むことなくシレっと百円玉を外し、ふてぶてしい態度でこう返したんです。
「固定してねぇじゃん!」
その返答に、ますますイキリ立つ店員さん。
「てめぇ、俺をナメてんのか!」
言うまでもなくハンドル固定は違法です。現在もたまに硬貨やプラスチック片などを使って固定している客を見かけますが、明確な法律違反であることに加え、もしもハンドルが破損したら器物損壊罪が適用されるので、絶対にやってはいけません。
そういう意味で、この店員さんが客に注意するのは正当な行為なのですが、それにしても初手から喧嘩腰で迫るのではなく、もう少し穏やかにたしなめればいいのに…。
そんなことを横目で見ながら考えていると、騒ぎを聞きつけた他の店員さんが、ワラワラと集まってきました。当時は今ほど店内がうるさくなく、有線放送を流しているくらいでしたから、騒ぎがあればすぐに店員さんが集結します。
ただね、困ったことが起きたんですよ。件のサラリーマン氏はカドから2台目。私はその左横のカド台を打っているため、集まってきた店員さんは必然的に私を取り囲むような立ち位置になります。オイオイ、なんかすげぇ嫌な感じだなぁ…。
小さくなりながらそんなことを考えていると、例の怒声を発した店員さんが、いきなりサラリーマン氏の襟元を後ろから掴んで引き倒しました。不意をつかれたサラリーマン氏は為す術なく後方に転び、両方の手足をバタバタさせながら、そのまま事務所のある奥に引き摺られていったんです。
俗に「首根っこを掴む」と言いますが、この動きはまさにそれ。ちょろちょろと動き回る仔猫の首を掴んで持ち上げると大人しくなるのは、首根っこを掴まれると何もできなくなるからなんだろうなぁ…と思いました。こんな時に何を考えてるんだって話ですけど、本当にそう思ったんだから仕方がない。
でもまぁ、これで静かになった。引き摺られていったサラリーマン氏は気の毒だけど、ハンドル固定をしてたのは事実だし、少しお灸を据えられても仕方がないよね。
ところが…。
「オラ、お前も来るんだよ!」
別の店員さんに私も引き倒されました。この店員さん、騒ぎを聞いて後から駆けつけたようで、どうやら私とあのサラリーマン氏が仲間だと思ったみたいです。
「あっ、そいつ関係ないから…」
一部始終を見ていた他の店員さんがそう言いました。ああ、助かった。このまま私も無理やり事務所に連行されるかとビビりまくったよ。それにしても、全く関係ない私をいきなり引き倒すなんて酷いよね。当然、謝罪の言葉があるものと思ったんですが…。
「まぎらわしい顔して打ってんじゃねぇ!」
転んだ私にそれだけ言って、店員さんは去っていきました。
ええっ! てゆーか、私のせいなの?
まぁ、私を引き倒した店員さんも、退くに退けずにああ言ったのかも知れないけど、それにしてもムチャクチャな理屈だよね。
やれやれ…てな感じで起き上がって自分の台を見ると、安い投資で当たったスペースバロンは既にパンクしていました。そして、私は周囲のお客さんの視線が痛くて、上皿一杯と下皿に少々の出玉を残したまま、逃げるようにこの店を後にしたんです。
今の若い人には信じられないだろうと思いますが、この程度の揉め事は昭和のパチンコ店において日常茶飯事でした。
そう、誰もが忘れているけど、パチンコ店は怖い空間だったのよ。
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