パチマックス > パチスロニュース > 「空しさに支配された心を満たすかのように打ち始めたパチンコ」【アニマルかつみの銀玉回顧録 Vol.006】
NEW

「空しさに支配された心を満たすかのように打ち始めたパチンコ」【アニマルかつみの銀玉回顧録 Vol.006】

【この記事のキーワード】, ,

「空しさに支配された心を満たすかのように打ち始めたパチンコ」【アニマルかつみの銀玉回顧録 Vol.006】の画像1

アニマルかつみの銀玉回顧録 Vol.006

 パチンコ好きのバンドメンバーに誘われ、なんとなく座ったハネモノ『ファクトリー』で人生初の打ち止め終了を経験した、平成元年春のある日の夜。

「今日の勝ちは、たまたま運がよかっただけや。調子に乗ったら、あかんあかん…」

 そんな風にその日は、初めての大勝ちに舞い上がる自分を窘めつつ帰途に就いたのだが、数日後、近所のコンビニで攻略情報誌を手にしてしまったことが、結果的にその後の人生を決定づけることとなってしまった。

「空しさに支配された心を満たすかのように打ち始めたパチンコ」【アニマルかつみの銀玉回顧録 Vol.006】の画像2

「空しさに支配された心を満たすかのように打ち始めたパチンコ」【アニマルかつみの銀玉回顧録 Vol.006】の画像3
人生を変えた1冊、パチンコ攻略マガジン1989年5月号

 何度か書いてきたとおり、当時は大阪のライヴハウスを拠点とする音楽活動に生活の主軸を置いていたのだが、大した実入りがあるわけでもなく、たまに小遣いをまかなうために短期や日雇いのバイトに出る以外は実家の自室に閉じこもり、ゴロゴロというか悶々としていることが多かった。

 すぐそばに気心の知れた彼女でもいれば、いくらでも気を紛らわせることはできただろう。が、高校2年の夏から付き合っていたY子とは、前の年の夏に「あなたには将来性を見出すことができない」と三行半を突きつけられ、別れた。

 その後、あちこちの色んな子とまぁまぁ遊びまくったりもしたのだが、夏が終わり、秋も過ぎて冬となり、新年を迎え平成の時代に入った頃には「もう、ええわ。遊ぶの、飽きた…」となっていて…なんて言うんだろう。ただただ空しさだけに心は支配されていた。

 そんな折、「真面目に向き合えばパチンコは勝つことができる」ということを知っしまったことで、退屈で虚しいだけだった日常の過ごし方が変わった。

 それまでは、ただ横目に通り過ぎるだけだった最寄り駅前のパチンコ店。ポッカリ開いた心の穴ぼこを埋めるかのごとく、気がつけばそこで1日の大半を過ごすようになっていたのである。

 駅前には、北口と南口それぞれに2軒ずつ、パチンコ店があった。そのうち、北口のJ店と南口のM店は姉妹店。いずれもパチンコだけを置く大きな母屋にパチスロだけの小さな別棟を備えていた。パチンコとパチスロをひとつ同じ屋根の下に併設できなかった時代の名残だということは、もちろん後になってから知った。

 北口J店の向かいにあるS店は、駅前でいちばんノッポなビルの1階と地下にあって、街を見下ろす最上階には同名の高級中華料理が入っていた。うちはけして裕福な家ではなかったので、連れてきてもらった記憶は一度くらいしかない。一方、南口のもう1軒、T会館は、小学生の終わり頃にできたスーパーの1階。パチスロも併設するが、総台数200台ちょっとの狭くて小さな店だった。

 打ち始めた頃は、各店舗をテキトーに遊び歩いていたが、やがてJ店に落ち着いた。うちが北口側で通いやすいのもあったが、パチンコだけで400台近くを擁する近場ではいちばん大きな店でラインナップも豊富だったことが大きい。

 当時は条例だかなんだかでデジパチなどギャンブル性の高い遊技機の設置が総台数の3割までと決められていて、あとはすべてハネモノだった。もちろん、あの『ファクトリー』も最新の人気機種としてラインナップされていて、まずはコイツを極めることからスタートした。

 初当りのV入賞率はキツめだが、一度当たればほぼ完走する当時のハネモノでは大量獲得タイプだった『ファクトリー』。ハカマの1チャッカーとヘソの2チャッカーとではハネの開く角度が異なるのがひとつの特徴で、「ガバッ、ガバッ」と大きく2回開くヘソチャッカーのクギが重要となった。

「空しさに支配された心を満たすかのように打ち始めたパチンコ」【アニマルかつみの銀玉回顧録 Vol.006】の画像4
『ファクトリー』での勝つ方法が記された当時の記事。(パチンコ攻略マガジン1989年No.8)

 もちろん、駆け出しの素人がクギの良し悪しをパッと見で判断できるわけもなかったのだが、攻略情報誌に載っていたプラス調整を思い出しながら、空き台を片っ端から見比べていく。そして、なんとなく開いてるように見えた台に座り、まず最初は200円でバネの調子や鳴き具合を見て、イケそうだと踏んだら300円を追加。その間にヘソに2~3回入れば、よほど寄りが悪くない限りはたいてい、1000円以内には当った。

 そんな「いい台」を自分で見つけられなかった時や午後から打つ場合などは、「終了台」や「ラッキー台」「優秀台」といったフダの入った台を狙った。

 前者はすでに予定終了するまで出た台、後者は終了には至らずも相応に玉が出た台であることを意味する。前者はともかく後者の信頼度は未知数だったが、一応の目安…というか、気休めにはなった。
「空しさに支配された心を満たすかのように打ち始めたパチンコ」【アニマルかつみの銀玉回顧録 Vol.006】の画像5「空しさに支配された心を満たすかのように打ち始めたパチンコ」【アニマルかつみの銀玉回顧録 Vol.006】の画像6 そんな感じで、最初のうちは『ファクトリー』ばかりを打っていたのだが、なんせ全設置台数のうち7割がハネモノである。他の機種に目移りするのも、時間の問題だった。

 次回は、当時のJ店のハネモノのラインナップや、よく打った機種での思い出などを綴ってみたい。

アニマルかつみ

アニマルかつみ

兵庫県尼崎市出身。1992年春にパチスロ必勝ガイドのライターとなり、以来30年にわたってメディア人の立場から業界の変遷を見つめてきた大ベテラン。ぱちんこ・パチスロの歴史に関しては誰にも負けない博識を持つ。最近ではYouTube動画チャンネル「ぱち馬鹿」のメンバーとして、各種企画の制作や出演、生配信などにも精を出している。ライター稼業のかたわら、ロックバンドのベースプレイヤーとしても活動中。愛猫家。昭和レトロ好き。

Twitter:@anikatsu213

「空しさに支配された心を満たすかのように打ち始めたパチンコ」【アニマルかつみの銀玉回顧録 Vol.006】のページです。パチマックスは、パチスロ、, , の最新ニュースをファンにいち早くお届けします。パチンコ・パチスロの本質に切り込むならパチマックスへ!

Ranking

23:30更新
  • パチスロ
  • 総合