ぼくらはあの頃、アツかった（1） ～『ダブルチャレンジ』が生み出した切ない人間模様～

　なんとなく気になった。三度目の正直とは言うが、二度ある事は三度あるとも言う。ドリームチャレンジを外すとこのAT100ゲームが「なし」になる。ゼロなのだ。最低保証ゲームなどはない。

　ちらりと横を見る。こちらに顔を向けるK君と目があった。もち、30倍行くッすよね。当然すよね。さあ叩いてくださいあしのさん。その目がそう語っていた。

　筆者はここで唐突にチキン化した。冷静に考えればもはや7万くらい負けてる。当時大学生だった筆者にとっては笑えない金額である。電器屋でのバイトの給料の半分くらいが飛んだ計算だ。

　握りこぶしをレバーの上空でホバリングさせた状態で、唸った。筆者が叩いたのは当選率20%、「5倍」のチャレンジだった。ピョゥン。と音がし、ドット・マトリクスに火の玉のナビが表示された。

　当選である。

プライスレスな一撃

「え、なんでチキったんですかあしのさん……はぁ……」

　残念そうに息を吐くK君。何でチキったか。答えは明白だ。お金が大切だからである。表示されるナビに従い高速でATを消化しながら、脳内で出玉を計算する。およそ1500枚ほどの出玉は確保だ。

　7万負けが4万負けくらいには目減りした。致命傷が重症くらいになったと思えば、5倍を叩いておいて本当に良かった。

　その後も「なんで5倍すか」と呪詛のように繰り返すK君の横でボーナスと等倍の100Gをもう一発いただき、最終的には2500枚ほどの出玉を獲得するに至った。2万負けまで取り返した計算になる。上出来だ。

　時刻は午後四時を少し過ぎた辺り。AT突入率がすこぶる悪いダブチャレを打ち続けるのに嫌気が差して、筆者は一度出玉を流し、別の台に移動する事にした。

「え、帰るんですか、あしのさん」
「いや、移動する」
「じゃあ、俺、あしのさんの台に移動していいですか？」
「うん。全然いいよ」
「ありがとうございます！」
「でもそれ多分設定1だぜ？」
「いや、まだ出るでしょうこれ！」
「ああ……そう……」

　移動後、何を打ったかうろ覚えだが、たしか『ヘラクレス』や『ハナビノオヤカタ』、それから『ハードボイルド』辺りをなで斬りしたと思う。

　等価店なので移動の度にメダルを流していたので収支があやふやだったが、九時過ぎに便所で計算してみると、ちょっと浮いていた。7万負けからのマクリ勝ち。小さくガッツポーズした。あとはガストで晩ごはんでも食べて帰ろう──と店内を見渡すと、誰もいないダブチャレのシマに、一人残されたK君の姿を見つけた。

　恐る恐る隣に着差してタバコに火をつけた。

　Kくんが此方を見る。その目は未だ、死んで居なかった。奴さん、この期に及んでも諦めて居なかったのである。

──もうそろそろ来ると思うんですけど。

　と、彼は言った。もちろん30倍の大当たりだ。その当選率は凡そ3%ほど。来るか来ないかで言えば来るかも知れない。だが、100ゲームの30倍といえば、3000ゲームである。ボーナスや上乗せを考えれば、消化に5時間はほしい。

　時刻は既に10時を回っている。要するに、もう彼に逆転の目は無い。というか、今の時点でダブチャレ打っている時点で立派な養分である。ここは年上の役割として、筆者がリングにタオルを投げ入れるべきなのだろうかと考えていると、K君がその爛々とした目を此方に向けて微笑んだ。

「あしのさん、1万貸してください！」
「えぇ……？　マジで？　コレ打つのに？」
「はい！」
「いや、これは……。てかいま幾ら使ったの？」
「わかんないです」
「あれ、今日給料日だよね？　大丈夫なの？」
「大丈夫です！」

　何が大丈夫なのかさっぱり理解できなかったが、財布から1万取り出して渡した。タバコを吸い、コーヒーを飲みながら、今しがた渡した万券がゆっくりと溶けていくのを眺める。

　持ちメダルが尽きる直前、K君の台に悪魔モードからのATが訪れた。この時点でデータマシンのAT初当たり回数の表示は0。要するに一度もATを消化してない。全て30倍を叩いているのだろう。その時のK君も、当たり前のように30倍を叩き、そして。

「ピョゥン」