ぼくらはあの頃、アツかった(6) 人間万事塞翁が馬。そんなことを思った、台風直撃のパチスロ店
人間万事塞翁が馬──。
これはざっくり言うと「人生は予測できないよね」という意味である。一見すると瑞兆のようでもそれが禍根を残したり、あるいは不幸のドン底に叩き落された経験が後になって幸運を呼び寄せたり。今起きている事がどういう因果でもって未来に影響を与えるかなど、誰にも分からないんだよ……という深イイ故事だ。
たとえば、それは嵐の朝
大きな雨粒が瓦を割らんばかりの勢いで降り付け、電信柱から伸びる電線が風を切ってびょうびょうと薄暗い笛の音を奏でる台風の日。当時新入社員だった筆者のケータイに会社から「本日は自宅待機で」という連絡が入ったのは、午前8時過ぎだった。その連絡を今か今かと待ち侘びていた筆者は「ああそうですか、残念ですねぇ。働きたかったです」とか言いつつ心の中でガッツポーズを決めるや電話を切り、直ぐにスーツを脱ぎ捨ててジーンズに履き替え、そして「外に出た」。
いわずもがな、パチスロを打つためである。
季節外れの台風が九州を直撃したその日は、同時に、全国規模のパチスロチェーン店がかの街に初オープンする日だったのだ。
仕事を始めたばかりだったので対応に苦慮していたものの、なんとタイミングの良い台風であることか。いざとなったらズル休みも視野にいれて作戦を練っていたが、台風のおかげで全てが丸く収まった。土砂降りの雨。びょうびょうと鳴る電線。そう。これは瑞兆である。天が筆者に「お打ちさない」と言っているようだった。空を仰ぎ、ありがとうございますとつぶやいた。そして家をでて3秒で傘を失くした。吹っ飛ばされたのだ。尋常じゃない風雨だった。
頬を打ち付ける雨に身を屈めながら天を見上げると、コンビニのビニール袋がグルグルと回転しながら、まるで物理法則を無視したような変態軌道で飛翔しているのが見えた。あぁ、瑞兆である。きっと本日の出玉グラフも、あんな感じでグイグイ上昇することだろう。よきかな。よきかな──。すっかり濡れ鼠のようになりつつも自宅から三十秒ほどのところにある駐車場に辿り着き、浄蓮の滝の如く滑る雨垂れをワイパーで吹き飛ばしながら、徐行で国道を進む。
やがて、パイパスの向こうに白亜の城が──先だって建立されたばかりのパチスロホール、Mが波紋状の視界の先に見えた。
その時点での筆者の不安がたった一つ。
そう。台風の中、ちゃんと予告通り店がオープンするか否か。それだけだ。
文字通り「天から降ってきた休日」。しかも大型チェーンの地元初上陸の日だ。全てがカチッとハマって参戦できる僥倖に筆者の胸も女子中学生のように高鳴っていたが、ここで強風のため延期とかそういうのは本当に勘弁してほしい。実際、オープンが台風で延期とかいう話は寡聞にして聞いたことがないのだが、それを危惧せざるを得ない程度には、荒れていた。天候が。
果たして……。
──ややって到着した駐車場には、すでに数百台の車が寿司詰め状態で停まっていた。
大渋滞である。雨合羽を着た誘導員が鬼のような形相で誘導灯を振り次々と入場する自家用車をあっちへこっちへと整理していた。ほっと胸を撫で下ろす筆者。良かった、と思った。バカばっかりで本当によかった。
欽ちゃん走りのような動きで手を振る誘導員の指示に従って屋根なしの第二駐車場に車を停め、外に出る。傘はもうない。半乾きのシャツが刹那の間に濡れそぼる。不快感はなかった。風水において水は金運アップの象徴だ。瑞兆だ。もはや疑いようもなくツイている。こりゃあ三万枚くらいでるかもしれぬなと思いながら店の前に向かうと、整理券の配布場所の前にできる行列が見えた。
屋根がある場所だったが、みな傘を差している。理由は簡単だった。もはや雨が横向に降っていて屋根の意味がないからだ。傘も意味がないのだが、みな傘を斜めに構えて耐えていた。なんだか、盾で互いの体を庇いあって密集陣形を組む、古代スパルタカスの戦法を彷彿とさせた。
筆者もその陣形の最後尾についた。見たところ、傘を持っている人が半分ほどで、持ってない人も半分はいた。みな家をでて3秒で傘を失ったのだろうと思う。外周に位置する盾役の親父達に守られながら、ふと帰属意識が湧いた。仲間だ。我々は狭い意味では敵だが、広い意味では仲間なのである。
両手で傘を横向きに構え、強風に耐えるように踏ん張る親父。くわえタバコの口の端を歪めて笑っている。彼は筆者よりも沢山勝つかもしれない。だが許そう。仲間である。対ホール戦争を、共に戦う戦友なのだ。
整理券配布予定の時刻がくると、背広姿の店長らしき男が店のシャッターの奥から出てきて、メガホンを構えて何か言った。
なんか良くわからんが、事情があって開店時間がちょっと遅れるとかそんな話だった。
おい、ふざけんなよ、と誰かが呟いた。せめて中に入れてくれよ、みんなずぶ濡れじゃないか、と誰かが叫んだ。盾役のおっさんが可哀想だよ、彼もう限界だよと、筆者も心の中で抗議した。庇い合いの精神。火の玉のような団結力である。猛抗議していると、店がお詫びのしるしにとコーヒーとおしぼりを配ってくれたので、我々は黙った。瑞兆である。早くもコーヒー分が儲かった。
三十分ほどして、ようやく抽選が開始された。
先頭のひとから順番に、抽選箱に手を突っ込んで紙を取り出す。喜ぶひと。がっかりする人。戦友達の一喜一憂を眺めているうちに、筆者の番がきた。心は凪いでいた。赤い箱と青い箱を、露出高めの制服のギャルが掲げている。後から思えば筆者はこの時、浮かれていた。当たり前に警戒しておくべきアクシデントに、全くの無警戒で臨んでいた。赤にするか青にするか。それしか考えてなかったのだ。この赤と青。よっしゃ赤だ! と手を突っ込み、中を見て、それから箱の文字を確認し、おもわずゲロ吐きそうになった。
紙には『CRナナシー・163番台』とかかれてあった。
思いがけず掴んだ『ナナシー』
思いっきりパチンコである。しかも台指定だ。あの箱はロングの女の子とショートの女の子のどっちが好きかとか、あるいは情熱の赤と理性の青、どっちがお好みですか? とかそういう意味ではなく「パチンコ」「スロット」の区分けであった。実際箱にそう書いてあるし、スタッフさんもめっちゃ説明していた。筆者も聞いていたしすっかり理解した上で「島唄島唄島唄……」と念じていたのだが、なんでかパチンコの箱に手をブチ込んで「ナナシー」を掴んでた。
疲れていたのかもしれない。あるいは台風のせいかも。とにかく迂闊だった。あんまりな凡ミスであった。横から吹き付ける雨に頬を打たれながら、筆者はしばし呆然と佇み、そして開店時間までゲーセンで時間を潰して、厳かにホールへと入場した。
さてナナシーだ。これが初打ちだった。
なんかデモ画面からでも島唄と全然違うのが分かった。そもそもこれ玉だし。メダルじゃないし。パチンコか……。ちゃんと打つの何年ぶりだろうとか思いながらぼんやり座っていると、唐突に「ツェラトストラはかく語りき」のBGMが流れた。どうやらそろそろオープンらしい。
みなさま、本日はお足元の悪い中……というお決まりの文言から始まる店長就任の挨拶が読み上げられ、次にカウントダウンが始まる。
5、4、3、2、1──……オープン!
ユーロビート調の軍艦マーチが大音量で鳴り引き、いざ、打ち出しだ。
これがスロットなら……島唄なら最高の気分だっただろうな……と思いながら、イマイチ乗り切れない気分でハンドルを握る。
だがこれも、瑞兆かもしれない。
人間万事塞翁が馬。
何が瑞兆で、何が凶兆かなんで誰にもわからない。因果律は複雑に絡み合い、予断を許さないのだ。
台風。グランドオープン。開店の遅れ。そして抽選のミス。ともあれ、それらがカチッと噛み合った結果。筆者はその日、発熱するほど負けた。そして島唄はめちゃくちゃ出てた。
悪い予感は、だいたい悪い結果に結びつくと、人生における心理のようなものを学んだ瞬間だった。
(文=あしの)
【あしの】都内在住、36歳。あるときはパチスロライター。ある時は会社員。この春から外資系の営業マン。ブログ「5スロで稼げるか?」の中の人。