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ぼくらはあの頃、アツかった(5) 限りなく透明に近い街で出会った戦友との絆

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kagirinaku.jpg「限りなく透明に近いブルー」村上龍著(講談社)

 筆者は軍港の街で大学時代を過ごしていた。九州の最西端。長崎の端のほうである。

 村上龍の小説のモデルにもなったことがある、ハンバーガーで有名な街だといえば、ピンと来る方もおられるかもしれない。普段はなんてことはないごく普通の田舎なのだが、月に一度か二度、米軍の軍艦が港に入港すると、街の様子が一変する。右を見ても外人。左を見ても外人。街が外人だらけになるのである。彼らは長い時間を船の上で生活し、そうやって月に一度か二度ほど入港しては、野に解き放たれた野獣の如く、溜め込んだフラストレーションの全てを酒にぶつける。めっちゃ飲むのだ。それはもう、信じられないくらいグイグイ行く。そして吐く。また飲む。

 そして筆者は若かりし頃、まさしくその米兵向けの飲み屋がひしめく一角にある寂れたバーで、米兵が吐き出す胃液と酒代を飯の種にしていた時期がある。つまりはバイトだ。格好よく言えばバーテンダーだが、実際に酒を作るのはNさんというマスターで、筆者は主に場を盛り上げてそれを飲ませる側であった。ちなみに給料はショットの料金から一定の金額をキックバックしてもらう方式で、具体的に言うと「盛り上げて飲ませたら1杯毎に300円」が懐に入る仕組みになっていた。

 結構簡単そうに思えるが、ここで問題になるのが「客が勝手に頼んだ分はカウント外」であり、あくまでも筆者のテクによりオーダーにつながった分が300円になるという部分であった。そしてそのジャッジに明確な基準は無く、すべてはNさんの気分次第。客が多くて店的にもウハウハであろう日ですら判定が厳しかったのに、売上が明らかにヤバイ日などはどう考えても筆者の手柄である分までノーカンにされるという、見事なまでのブラックさであった。

 なんでそんなクソバイトを一年近くもやってたかというと、単純にその店が好きだったからに他ならない。

 約束のバイト代は明らかにピンハネされていたけれど、飲み代は毎回タダだったし、そういう意味ではウィンウィンだったと思う。

 さて、その日筆者は街の中心部にあるCというパチスロ屋にいた。

HyperRemix3.jpgハイパーリミックス3(Sammyより)

 当時どんどん増えていたパチスロ専門の店である。時刻は午後8時すぎ。10時からは例のクソバイトの予定があったので、それまでの暇つぶしのつもりだった。打っていた台はサミーの『ハイパーリミックス3』で、筆者はすでに2万円ほどブチ込んでいた。

 バイトの予定までのチョロ打ちで2万いかれるというのが若気の至り丸出しなのだが、筆者はそのころ重度のパチスロジャンキーであったので、まあバイトで稼げばいいやくらいに思っていた。クソバイトだったのはさておき、外人を盛り上げて1000杯くらい飲ませれば全然プラスだよねとか考えていたように思う。筆者はまだ若かったし、バカだったのだ。

 その時『ハイパーリミックス3』のシマに尻を落ち着けていたのは2名。筆者と、そしてハットを被った若者だ。彼は筆者より前から座っており──現金投資を続け、そして未だに座っていた。つまり筆者より負けているのだ。すでに客の姿がついえた閉店間際の不人気店において、一種の親近感のようなものが湧いた。ハット先輩。筆者は心の中で彼をそう呼ぶことにした。

 どちらが先だったかはわからない。

 筆者が当てて、それからハット先輩が当てたのか。あるいは彼が先で筆者があとか。どちらにせよ、ある時刻で我々はほぼ同時にBIGを当て、そしてその後『ハイパーリミックス3』の目玉機能であるAR(アシストリプレイタイム)に突入した。BIG終了後のAR突入率は50%。AR中はリプレイ確率が大幅に上昇し、メイン小役の色がナビされるのでメダルを増やしながらボーナスを待つ事ができる。ARは規定ゲーム数の消化か、あるいはBIGの成立でパンクする。問題なのは規定ゲーム数の方で、これは最低は4ゲーム。最高は2000ゲームだった。えらい高低差である。

 クソバイトの時間が迫っていた。残された時間で50ゲームか100ゲームくらいのARで地味に出玉を増やし、あわよくばボーナスを引いて負け額を減らせればいいな……などと淡い期待を込めながら消化していると、筆者の台のARが当たり前のように300ゲームを超えた。

 おもわず天を仰ぐ。細かい話は割愛するが、本機のARは300ゲームを超えると一気に2000ゲームが確定する。もちろんBIGがくれば問答無用で終わるが、それまで毎ゲーム1.5枚ほどの増加速度でメダルが増えてゆくのだ。それが2000ゲーム。完走すれば3000枚。6万円である。バイト代にしてビール200杯分だ。ハマればハマるほど美味しい。もちろんハマって規定ゲームのリミットで終了は嫌だ。出来ればリミット直前。1800とか1900あたりでBIGが来れば最高である。

 ちょっと考えた後、便所にこもってバイト先に電話をし遅刻の許可を取る事にした。筆者はいい子なのでしっかりと正直に「パチスロ打ってるので遅刻します」と言った。Nさんは「忙しくなるのはどうせ深夜だからいいよ」と言ってくれた。そういう街なのである。

 席に戻り際、見るとハット先輩の台も300ゲームを超えた所だった。

 思わず目が合う。照れたように微笑むハット先輩。笑顔でガッツポーズを返す筆者。

 急がないとですね。とハット先輩が言った。ですね。やばいっすね。と筆者は答えた。うっすらとした親近感が、一足飛びに戦友に感じる親愛に進化した瞬間だった。

 それから先はお互い、カイジの鉄骨渡りのような心境で、声を掛け合いながらのプレイになった。ルーレット演出が発生すれば相手の台を確認し、外れればホッと胸を撫で下ろし。

ashino.jpg

 スイカがテンパれば揃うことを祈り。決してボーナスを引かぬよう。死なぬよう。生きてるか。生きてるぞ。そこにいるか。ここにいるぞと、お互いを気遣いながら、がっ……とか、ぐっ……とか言いながら、打ち続けたのである。

 一度先輩の台にリーチ目が出現したときはもはや終わりかと思ったが、REGだった。終了条件はあくまでBIGのみなのでここは辛くもセーフである。

 やばかったっすね。と声を掛けると、やっぱりはにかむような笑みが帰って来た。

 筆者とハット先輩。もはやお客の姿はほかに無い。時刻は10時半前後。閉店まで30分だ。ARの回転数は1 600を少し過ぎたあたり。ここまでくればもういつパンクしてもいい。時間的にはギリギリだ。

 急かされるような気持ちでレバーを叩く。ボタンを押す。フルウェイトでブン回していると、筆者の台にリーチ目が出現した。ハット先輩と目が合う。祈るような気持ちで絵柄を狙う。BIGだった。回転数は1780。まさしく規定ゲーム少し手前のBIG。理想的な展開だ。ハット先輩が口の動きだけで何かを伝えてきた。

 おめでとう。彼はそう言っていた。

 暖かい気分でボーナスを消化し、次のAR抽選を待たずに急いでメダルを流した。レシートを受け取り、カウンターで景品と交換して、店に併設された買取店へダッシュする。お金を受け取って時計を見ると、閉店まで10分を切っていた。クソバイトの為にタクシーを使うのは癪だったが、そろそろ客が入り始める時間だったので使ってしまおう。

 国道へ向かおうと進み始めて、なんとなく踵を返した。そして、パチスロ屋の入り口にある自動販売機でコーヒーを二本買って、ドアを潜る。二階への階段を上る。閉店作業を進めるスタッフが、怪訝な顔で「いらっしゃいませ」と言った。視界に、前のめりになり、フルウェイトでブン回すハット先輩の姿が見えた。

 少し離れた休憩所で座って様子を伺う。

 回転数は1900を少し超えたあたり。客の姿は他に無い。打っているのはハット先輩だけである。孤独な戦いだ。急かされるような圧迫感がある。店内のBGMは蛍の光に変わっていた。早く帰れと言わんばかりである。もちろんまだ帰れない。先輩はまだ帰れない。ARが残っているからだ。せめて、仲間がいると伝えたかったので、筆者は軽く咳払いした。ハット先輩が反射的に横を見て、シマの隅っこに筆者がいるのを確認すると、驚いたような顔をした。それから顔を崩して、また前のめりになり、台に向き直って回し始めた。

━━生きているか。生きているぞ。そこにいるか。ここにいるぞ。

 ややあって、先輩の台のARは2000ゲームの完走で終了した。ユーロビート調のBGMが終わり。回転音と停止音が浮き上がったように大きく感じられる。閉店ギリギリ。見事に打ち切った。クレジットオフボタンをねじ込むように押す先輩に近づいた。

 言わずもがな━━名も知らぬ今日限りの戦友に、ねぎらいのコーヒーを渡す為である。
(文=あしの)

【あしの】都内在住、36歳。あるときはパチスロライター。ある時は会社員。この春から外資系の営業マン。ブログ「5スロで稼げるか?」(http://5suro.com/blog/)の中の人。

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