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ぼくらはあの頃、アツかった(21) 全員リーゼントの不思議なホール。世界で一番奇抜なスロ屋がS県にあった。

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 飲み会の席で言っても誰も信じてくれない話がある。

 怪談や奇談の類ではなく──いや、ある意味でそれに近いが、筆者が出くわしたホールについてのお話だ。その店はS県の海沿いにあった。一度しか立ち寄っていないので名前はあまり覚えていない。ロッキーとか、ルーキーとか、そういう舌触りの名前だった気がぼんやりとするだけで、定かではない。もう10年以上前に閉店してしまっているので、今となっては確認のしようもないが、当時から寂れた印象の、薄暗い店だった。

 当時筆者は防犯カメラの営業部員をやっていた。

 防犯カメラはその運用に必要となる、録画装置や自動発報装置やセンサーなどのハードウェアと、そして警備会社との契約なんかをすべてセットで売る。もちろん工賃もかかる。いざという時に壊れていても無意味なので、最初からメンテナンスも長期の定期契約だ。なので、小さなカメラ一つ付けるのにも、なんだかんだでかなりの額のお金が必要になる。

 しかも田舎である。都会ならいざしらず、九州の片田舎でそんなお金のかかるシステムがバンバン捌ける訳もなく、月に一本か二本。ちまちまと契約を決めては社長から褒められる感じの、要するに非常に緩い仕事だった。

 緩すぎて、筆者は良く仕事をサボってはパチスロを打っていた。

 朝になると事務所に行って、スケジュール管理のホワイトボードに貼り付けられた碁石のような磁石を「退社」の所から「出勤」の所に移動して、コーヒーを飲みながらセンパイと談笑したあと、すぐにそれを「外出」の所に移動して車に乗り込み、パチスロに行く。

 あとは退社時間まで時間を潰して、戻るなり例の磁石を「退社」に動かすだけ。

 言ってみれば、パチスロと、それから碁石みたいな磁石を規定の時間に動かすのが、筆者の仕事だったのである。

 ただ、あまりにサボり過ぎると成績が落ちて怒られるので、月に何日かは必死で営業した。それで契約が取れればよし。取れなかったらそれまでである。幸いな事にそれまでそれで何とかなっていたのだが、いよいよ不味い時が来た。

 月末になっても、一本の契約も取れていなかったのである。

 筆者が居た会社はリース契約の締め日の関係で25日が月末扱いだった。つまり25日までに契約書を巻いておかないとダメなのだが、その月は24日になっても筆者の成績はゼロのままで、流石に尻がムズムズする感じがした。一応サボりつつもちまちまと営業していたので、押せばイケそうなクライアントも居るには居たが、そもそも金額が金額なのであと一日で決まる気は全くしなかった。

 S県の海沿い。筆者専用の社用車。

 勝手に取り付けたサブウーファー付きのカーステレオでメタルを聴きながらS県の海沿いを走って居る時に「よし」と思った。潮時である。辞めよう。と。

 思えば二年ほど充分に楽させてもらった。感謝しかない。これ以上楽すると天罰が下る。なんとなく営業のやり方も分かったし、筆者もそろそろステップアップの時期である。どこからどこにステップアップするか知らないし、そもそも自分が何を目指してるのかも良く分からなかったが、とりあえずもう辞めよう。

 要するに現実逃避である。契約件数がゼロで怒られるのがイヤだったので、先出しで「辞める」と言いたかっただけだ。だけど筆者はまだ若かった。何でもできると思っていたし、何にでも成れると思っていた。不遜で高邁な若者だったのである。

 辞めると決めると心がスッと楽になった。

 本当はこのまま「押せばイケそうなクライアント」の所を回るつもりだったが、なんだかどうでもよくなってしまった。見れば、なんか入ったことがないホールがあるじゃないか。寂れた感じの小さなホールである。いい感じだ。もしかしたら見たこと無い珍台があるやもしれない。財布の中身と打てる時間を咄嗟に計算して、筆者はウインカーを上げた。

 駐車場は非常に汚かった。なんか変なワラみたいなのが至る所に落ちている。一週間か、もしかしたらそれ以上掃除されていないらしい。筆者の社用車の他に、車の気配はない。いよいよ漂う閑古鳥の匂い。ますます珍台がありそうだった。

 車を降り、少しだけ伸びをして、店内に入った。歩きながら、獲物を狙うネコ科の生き物のような目つきで台を眺める。他に客の姿は無い。ゼロである。データカウンターに表示された回転数もゼロ。全部ゼロだ。設置機種のバランスはある程度取れているようだが、残念な事に珍台らしい珍台はない。仕方ないので適当にパルサーでも打って時間を潰そうか……と思った所で、ギョッとした。

 店内の角。ソファーがボックス状に置かれた休憩スペース。そこに三人くらいの人間がウンコ座りで座っていた。三人ともリーゼントである。咥えタバコで談笑しつつ、筆者の存在を一瞥するや、ムッと押し黙る。

 田舎のヤンキーである。が、問題だったのはその三人がお揃いの格好──店のロゴが入ったベストを着ていた事だ。店員である。スタッフなのだ。スタッフがリーゼントで、ウンコ座りしてタバコ吸ってるのである。しかも三人が車座になって。

 筆者は彼らを見なかった事にして店内を巡回した。店の一番奥。『ヒデキに夢中』が置いてある所に別のスタッフがいた。オッサンである。だいぶ歳が行っていた。バイトリーダーか、あるいは店長か知らないが、一人だけワイシャツにインカムのスタイルだった。そしてそのオッサンもまたリーゼントであった。

 というか筆者もちょっとリーゼントっぽい髪型だった。全員リーゼントである。

 とりあえず何か適当に千円だけ打って、便所に入った。超汚かった。辛うじてトイレットペーパーだけはセットされていた。便所を出て休憩スペースを見ると、ヤンキーの数が一人減っていたが、残り二人はやっぱりウンコ座りしてタバコ吸っていた。

 なんだか怖くなって、筆者は店を出た。

 自動ドアが開く時、筆者の背中に向けて「シャス!」という声が飛んできた。車に乗り、国道に出る。走り始めて30秒くらいでお店にタバコを置き忘れてきた事に気づいた。ちょっと迷ったが意を決して車をUターンさせ、店に入った。タバコは当然のようにそこにあったので回収した。改めて店を出る。

──やっぱり筆者の背中に「シャス!」という声が飛んできた。

 過去、S県に実際に存在したホールの話である。

 田舎でこの話をすると「あそこはキレイな良い店だったよ」と言われる。リーゼントの店員さんも居なかったらしい。皆口をそろえて、閉店を惜しむのだ。

 今でも分からない。筆者があの日みたリーゼントは、一体なんだったのだろう。

【あしの】都内在住、37歳。あるときはパチスロライター。ある時は会社員。年末くらいからライター一本で頑張ります。ブログ「5スロで稼げるか?」の中の人。

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