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「つくづく人生とは面白いものだなぁ」と感じたエピソード【濱マモルの のほほんコラムVol.82~アラフィフで思うこと~】

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 2月4日で、またひとつ歳を重ねた。

 昨年、44歳になった時は史上最強の助っ人外国人ランディ・バースの背番号と同じだと、ややテンションが上がったものの、45歳は四捨五入すると50歳。金太郎飴のようにどこを切っても完全なる中年であり、それどころか多分に蓄えた中性脂肪が溢れ出てしまうことであろう。

 思えば、同年代の知人ミュージシャンらと会話をしても、毎回のように家族、健康や保険、老後などといったテーマへと発展する。まるでロックじゃない内容で盛り上がるわけだが、それはそれで楽しいし、まぁ歳を取るというのは、そういうことなのであろう。

 母は、49歳で他界した。当時のアタシの年齢は25歳。怖いもの知らず、猪突猛進な若かりし時期だけに、49歳の自分なんてまるで想像できなかったものだが、気が付けばあと数年でその年齢に到達するわけで、時の流れの早さに驚いている次第である。

 病床で母は、「パチスロライターだけにはなるな」という言葉を残した。さすがは全てを知り尽くす母、勤める会社に飽き始めていたことを察知したのだろうが、その遺言ともいえる言葉を、アタシはあっさりと無視。今も勝手に師と仰ぐアニマルかつみ兄さんに誘っていただいたこともあり、大学卒業と共に入社した会社を4年で辞めてパチスロライターへと転身した。

 当時はインディーズ・レーベルを主宰しており、レコーディングの立ち合いやライブツアーの帯同などもある中での、2足のわらじ的なスタイルであった。正直、無計画な見切り発車であったものの、一向に太くならない綱を渡り続けて、いつの間にやら約19年。もはや戻るも地獄、昨今のパチスロ事情を鑑みると進むも地獄であるが、何だかんだいってもパチスロが好きだから、ここまで歩み続けたのだなぁと思う。

 仮に母が病にかからず健在であれば、猛反対に押されてパチスロライターへの道へ進むことはなかったのかもしれない。ただ、そうなると誌面実戦帰りに立ち寄った有楽町のガード下の飲み屋で嫁さんと出会うこともないわけで、誕生日を祝ってくれた子供たちも存在しなくなる。

 つくづく人生とは面白いものだなぁと考えたのは誕生日の朝、アフリカに住む2つ下の妹から連絡があったから。息子が全く勉強しないことについての心配を話すと、「マモルの口から勉強って言葉が出るなんて!」と爆笑され、どんな状況であっても結局は三つ子の魂百まで、遅かれ早かれ、人生を踏み外したんだろうなぁと実感したからである。

 母が存命であれば、2月9日で69歳になる。近いうちに、子供たちを連れて墓参りに行こうと思う。

(文=濱マモル)  

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