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パチンコ店へ「無一文・住む家なし」で面接に訪れた男の話

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 最近は当サイト『ドラゴン広石』氏の連載にすっかりハマっているのだが、そこでよく出てくるのが大昔のパチンコ店従業員の描写。ドラゴン広石氏のいう通り、荒っぽい従業員は多かった。金銭にルーズな従業員も非常に多かったと記憶している。

 現在とは違い『訳あり』人間なども多く受け入れてきた古い時代のパチンコ店。私の所属していたホールも多分に漏れず、『困っていれば手を差し伸べるべし』という創業社長の教えの元、積極的に色んな人たちを受け入れてきた方だと思う。

「無職・無一文で住む家もない」まま面接へ…

 中でも強烈だったのは面接の時に延々と身の上話をされ、しまいには「住む所がないのでその日から寮に住まわしてほしい」と泣きついてきた男性だろうか。更には「無一文なので当座の生活費として3万円ほど貸してほしい」という図々しさだ。

「採用します」という意志さえまだ伝えていないというのに…お金を借りたうえ寮にまで住み込む気満々だったことに、面食らったのを今でもハッキリと覚えている。

 だが、そんな者でも受け入れてきたのが私のいた元法人。しかし、人間どう転ぶか分からないものである。そんな彼がすぐに頭角を現し、約5年間もしっかり働いてくれたのだから感謝に堪えない。中々、頼りになったのだった。

 ちなみに自店舗には最大5万円までは従業員に貸しても良いという太っ腹? なルールがあったのだが、それほど一昔前のパチンコ店には雇用開始早々から「お金を貸してほしい」というような太々しい人間も多かったような気がする。

『この御恩は一生忘れません』などといいながらも…

 ただし、この手の人間はやはり…どちらかというといい加減な者が多く、たかが数万円のお金を返さないまま行方をくらます者も多かったと記憶している。その時だけは感謝の意を表し「この御恩は一生忘れません!」などといいながらも、完済する者は概ね4割程度ではなかっただろうか。

 手を差し伸べたことに恩義に感じてくれて、本当に一生懸命に働いてくれた者は2割程度だったと思う。結局のところ、そういった者の多くはやはり『ろくでもない』奴である可能性が高いということなのだろう。

 しかし、素直にお金を貸してくれというだけならまだマシな方かもしれない。中にはお客さんに金を無心したり、店の備品や景品なんかをくすねる者のもいる。不正を働く者も少なくなかったのだ。

 最近は寮完備のホールもかなり少ないと思うし、仮に「お金を貸してくれ」といわれても貸すような会社もまずないだろう。良くも悪くも、昔のホールには人情味があったとも言えるのかもしれない。

 さて、冒頭で触れた『住む家もなく無一文で面接に訪れた彼』だが、私のいたホールの閉店と共に別のパチンコ店へと移っていったのであるが…現在もそのホールの役職者として活躍していると聞いた。少しだけ嬉しくなってしまったのである。

オーハナB

オーハナB

元ホール店員、店長経験者。パチンコ店の裏側で起きた出来事や、人間関係を題材にしたコラムを担当している。過去に話題になった業界ネタなど、時代背景を感じる記事も作成中。自身の思い入れのあるシリーズの動向にも熱い視線を注ぐ。

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