ぼくらはあの頃、アツかった(7)「居酒屋で大勝ちのエピソードを語り合うスロッターに舞い降りた魔の刻」
スロッター・パチンカーならば誰しも持つ、一輪の花。
ベスト・バウト。最高の勝利体験。つまりは大勝ちの思い出だ。スロッター同士が三人も集まって酒を飲めば、結構な確率でそんな「秘蔵の大勝ちエピソード」を告白しあうことになる。実際筆者も過去100回くらいはこの手の話をしたことがあるし、倍以上の数を人から聞いた。
これは野生のゴリラがサバンナで行うドラミングに近い。あの、胸を両手でドンドコドンドコと叩くやつだ。求愛行動や攻撃のサインと誤解されがちだが、あれは実のところ「あなたとは戦いたくありません」のサインらしい。戦いたくない相手が来た時にドンドコして引き分けを狙うのである。なるほど、エコである。出会い頭にいちいち縄張り争いをしてたら、ゴリラもそりゃあ絶滅するだろう。誠に賢い生き物である。だが奴らはドラミングを返してこない相手には フンを投げるので注意した方がいい。ゴリラに出会ったらまずドラミングを返す。これは鉄則であると肝に銘じ、来たるべき日のために大胸筋を鍛えよう。さもなくばパンチの効いたのが飛んでくることになる。
さて、ある日のことだ。
筆者は近所の居酒屋でお酒を飲んでいた。メンツは筆者のほか、先輩スロッターのR氏。そしてちょっとだけ年下の「まっちゃん」という男だった。二人とも仕事で付き合う内に趣味がパチスロであることを知り、互いに誘い合って遊ぶようになったのだった。
その日も上野の居酒屋で酒を飲みつつ「最近のスロ」について熱い議論を交わしていたが、酒が進んだところで必定、ベスト・バウトの話題がおいでなすった。
ちなみに筆者のベスト・バウトはエンターライズの「モンスターハンター月下雷鳴」での話だ。意外と最近なのでびっくりされる。朝から晩までずっと出っぱなしで、気づけば4号機時代にも体験したことがない差枚二万枚を達成した。ジェットカウンターに持ってくのに業務用のキャスターみたいなのを使ったのも初めてなら、計算中に見物客から遠巻きに眺められたのも初めてだった。
ただし安心してほしい。5スロである。
その日もまずは筆者が件の話を面白おかしく披瀝し、次にR氏が「スーパービンゴで一日に二回4桁ATをブチ当てて三万枚達成」の話をカマしてきた。
この話を聞くのは3回目くらいだったが、筆者は上機嫌で「おお! すごいですねぇ! ヨッ! 鶯谷の爆裂天使!」みたいな合いの手を入れてたように思う。
ドラミングである。筆者が胸を叩くや、R氏がドンドコドンドコとそれを返す。正直R氏にしても筆者のモンハン話なんかゲップが出るほどご存知なのだが、野暮なツッコミはしない。優しい空間だった。
さて、筆者、R氏ときたら、つぎはまっちゃんのターンである。
そういえば我々はまだ彼のドラムプレーを拝聴してない。どんな音色を奏でるのか。さあその鍛え抜かれた大胸筋の張りを見せてみよと言わんばかりに、筆者もR氏もグラスを片手に聴きの体制を作った。
やがてたっぷり間を置いて、まっちゃんは少し下唇を舐めたあと、こう言った。
──いや、僕、万枚童貞なんですよね。
場にちょっとした沈黙が流れた。
うーん、と言葉を繋いてから、筆者は笑顔で手を振った。いいんだよいいんだよ。そんないっぱい出てなくてもさ。お金ない時にマクリ勝ちしてドヤァってなった話とか、ね、なんかあるじゃない。
R氏も微笑みを湛えて頷く。そうだよまっちゃん。まっちゃんも結構長い事打ってるし、カマしちゃってちょうだいよ面白エピソードをさ。
それに対して、まっちゃんは渋々と言った調子でこう答えた。
「カードの返済が滞っちゃって、家賃とカードどっちかしか払えなくなった時に、俺自宅のプレステ2売って、そのお金でジャグラー打ちに行って……。2万くらい勝ったんですよね。あれで俺、プレステ買い直したんですけど、なんか失ったものを取り返した感じがありましたねぇ……。家賃もカードも払えてないんですけども、プレステだけは新しくなったぞ……みたいな……」
まっちゃんのベスト・バウト。
正直めちゃショボだった。まあこれはこれで味わい深いが、好みの分かれるところである。筆者としてはギリギリ赤点をクリアしてると判断したい所だが、R氏は今にも舌打ちせんばかりの表情をしていた。ゴリラならウンコ握っているところである。筆者はとりあえず手を叩いて「ウケる!」と言っておいたが、直後にR氏がとんでもない方向に話題の舵を切った。
それが、触れてはならない禁忌の扉だったという事を、我々は後ほど嫌というほど知る事になる。
──まっちゃん。今までパチスロ、勝ってる? 負けてる?
まっちゃんの目が輝いた。
あ、そっちの方向なら任せてくださいと言わんばかりの──まるで水を得た魚のような、妖しく輝く目であった。自嘲的な……というよりも、謎の自信に裏打ちされた、僅かに威厳すら漂う厳粛な口調で、彼はぽつりとこう言った。
「……とりあえず僕、月に五、六万は平均して持ってかれてるし、それを15年くらいは続けてるんで、たぶん累計一千万は負けてますね」
筆者はついぞ無言になってしまった。話題を振ったR氏は責任を取る意味で「家建つね」とだけ返したが、それは場に漂う沈痛な雰囲気を、より色濃くさせるだけの効果しかなかった。
まっちゃんが続ける。
「一番負けたのはやっぱゴッドかなぁ。天井三連発とかザラだったし、あれだけで三社くらいから借金しましたねぇ。8万ゲームくらいゴッド引けなくて、ようやく引いた時は嬉しかったなぁ……。焼け石に水なんですけども、10万は取り返したぞと思うと、一発だけ殴り返してやった感じでスカッとしましたね……」
いたたまれない。なんだろうこの感じは。ゴリラ同士仲良くするためにドラミングしたら、返って来たのが呪文の詠唱だったみたいな感じである。ここから話題の転換はもはや不可能。筆者もなんとか悲惨なエピソードを持ってきて中和させる他ない。株でいうところのナンピン買いである。
筆者は「オリンピアの『黄金神』で一日に10万負けた」というエピソードをなんとか捻り出してトホホ顔で逃れようとしたが、まっちゃんは「なんだその甘ったれた負け話は」みたいな侮蔑の表情でフンと笑っただけだった。何故か上から目線。そう。こちら側は彼の領域。テリトリーなのである。縄張りを侵しているゴリラは筆者とR氏で、和平か戦争かを決めるのはまっちゃんゴリラなのだ。
その後、まっちゃんは「ジャグラーで2000ゲームハマった話」や「ニューパルサーでリーチ目で落ちてる台を発見して座ったらヤクザに詫び料を要求された話」あるいは「普通に打ってただけなのにゴトと間違われて警察呼ばれた話」、さらには「店の駐車場でおばちゃんの運転する車に足を踏まれたあと普通に逃げられた話」など、珠玉の呪怨エピソードをマシンガンのように放ってきて、筆者とR氏は後半自然と背筋が伸びたものだった。
スロッター・パチンカーならば誰しも心に持っているはずのエピソード。
本来ならば大勝ちの甘い記憶であるはずのそれを、圧倒的な負の記憶で上書きしているスロッターもまた存在する。予定があるからと先にまっちゃんが帰ったあと、残った料理をつまみながら筆者は思った。
そうまでしてパチスロを打ち続ける彼の情はどれほど深いのだろう。怨念か、あるいは妄念の類かも知れない。
だけど……と筆者は思った。
少なくとも呪いのエピソードを語っている時のまっちゃんは、何か熱に浮かされたような様子で、とてもとても楽しそうだった。
(文=あしの)
【あしの】都内在住、36歳。あるときはパチスロライター。ある時は会社員。この春から外資系の営業マン。ブログ「5スロで稼げるか?」の中の人。
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