ぼくらはあの頃、アツかった(9) 激渋台『黄金神』、夜空の月、海の香りがつないでくれた大切なヒトとの縁
2003年の事である。筆者は大学の後期を休学して、電気屋でアルバイトをしていた。学費を稼ぐため……という名目ではあったが、実際の所、入ってきた給料を全部パチスロやらゲームにブチ込んでいたので、要するにただモラトリアムを満喫していただったように思う。人生における空白期間。ドーナツの穴の部分である。
ただ、それが全くの「無意味な時間」だったと筆者は思わない。少なくともパチスロがあり、パチスロがあったのだから。
その日もご多分にもれず、筆者はスロを打っていた。
隣にはメガネの女性が一人。こちらはIさんという。彼女は筆者が働く電気屋の、3つとなりに位置するゲームショップの店員さんだった。
仕事をサボってゲーム屋に遊びに行くうちに仲良くなり、連絡先を交換し、気づいたらツレ打ちに行くようになった間柄だ。その日も、二人の住処の、ちょうど中間のコンビニで待ち合わせして──他愛もない話をしながら散歩がてら、朝一でホールに乗り込んだのである。
開店直後のホール。筆者は迷わずオリンピアゴールドの『黄金神』に着座した。Iさんもそれに倣い、通路側の同じ台に着座し、いざ、プレイ開始だ。
誤解を恐れずいうならばその機種──『黄金神』は激渋台であった。
AT機がツーサイズ下のボクサーパンツの如くギュンギュンに締め付けられてた時代に放り込まれた爆裂機なのだから仕方ないといえば仕方ないが、それにしたってあんまりなキツさであった。
ただ、筆者は失われしAT全盛期の興奮に飢えていた。
懐古である。まだパチスロ打ち始めて三年かそこらの癖に、早くも老境じみていた。あの頃は良かった……と、縁側で茶柱を見つけては微笑む、枯れた心境だったのである。
とりあえず今後出るAT機は全部打つ。身の裡のノスタルジィにほだされるようにある時分にそう決め、そうして「ヤジキタ」も「猪木」も、あるいは「サバンナパーク」も「オートマティック」も、まるでなで斬りするかの如くちぎっては投げ、ぎちっては投げ……。モリモリ打ちまくってはボコボコにされていたのだった。
件の台たちは一度は筆者に微笑んでくれた。爆裂である。否。爆裂とまではいかずとも、どっかでちょっと「いっぱい出たな」みたいな感じが味わえた。そこで筆者はその台との関係に自分なりの区切りを付け、心の中で卒業式を挙げてから二度と近づかないと心に決めつつ次の台へ移る──というのを繰り返していたのだけれど、この『黄金神』だけは一向に卒業できる気配がなかった。
全然でねぇのである。完全にマグロであった。あんまりこういう胡乱な単語は使いたくないが「相性が悪かった」としか思えない。おかげで筆者のパチスロ人生における「累計負け額ナンバーワンの台」は間違いなくこのピラミッド野郎になっていた。
まあその記録は二年後に「番長」が塗り替える事になるのだが、ともあれ、筆者はその頃、ちょっと意地になっていた。今日こそは。今日こそはと『黄金神』に挑み、そして死ぬ。もう二度と打たないと決めた事もあった。泣きそうになった事もあった。負けすぎてお店の非常ベルを押し逃げしそうになった事すらある。だが翌日にはまた闘志がメラメラと湧き上がり、台に挑む。ドン・キホーテの心境である。
筆者がIさんとの連れ打ちの対戦相手にこやつを選ぶのもまた、当然の事であった。
午後三時である。
開店から五時間が経過した所で、筆者は当たり前のようにATMに向かっていた。既定路線である。慣れたものであった。すでにカニ歩きしまくってどの『黄金神』にいくらブチ込んだのかよくわからなくなっていたが、これももはや織り込み済み。大学を休学してまで稼いだお金が湯水の如く消えていくのを、麻痺した心のどこかで鈍い痛みとして感じながら、それでも筆者はホールに戻り、次はどの『黄金神』を狙うか考えていた。
今日も清々しいほどのボロ負けである。低設定がテコでも出ない機種である以上、この時点て逆転の目もほぼ無い。もはやただの事故待ちである。それも十分承知していた。だが投資がかさみ過ぎて筆者の脳はメロンパンみたいになっていた。若気の至り丸出しだ。
無意味にデータマシンを眺め。そして意味深に頷くと、結局筆者は最初に打っていた──Iさんの隣に着座した。
で、うすうす気づいていたのだが、Iさんの台は明らかに高設定だった。というかこの時点ですげー出てた。もちろん『黄金神』である。あんまり考えないようにしていたが、控えめに見ても6だった。
無言になる筆者。
心を無にして崩したばかりの千円札をサンドに飲ませる。吐き出された50枚のメダルを投入口に入れる。
隣ではピンクを背景に艶めかしいダンスを踊るクレオパトラの押し順ナビが展開されていた。スーパーATと呼ばれる状態である。筆者は一回も引いたことがなかった。へぇ、そんなBGMなんだ、と思った。Iさんは上気した頬をゆるませて「あしのさんが隣に来たらスーパーATきた!」とか言ってた。歪んだ笑顔で曖昧に頷く筆者。
ああ、筆者は常に、シマの端から攻めるようにしていた。
なにゆえ彼女を右隣に座らせたのだろう。なにゆえ筆者は「右から二番目」から攻めたのだ。そしてなにゆえ店は6を使った。今日に限って。今日に限ってだ。今日に──。
結果、筆者はその日いい感じでボロカスに負けた。
Iさんは当たり前のように万枚行った。連れ打ちで、隣に座って万枚出されたのは初めてである。というか後にも先にもこの時以外にない。これはなかなか精神的に来るものがあった。普通に打って普通に負けるのの五倍くらいダメージがある。
とりあえず夜八時くらいに店を出て、二人して並んで歩いた。ふらふらになっている筆者を気遣ってか、Iさんは「ご飯をごちそうする」といって居酒屋に誘ってくれた。無抵抗に。赤子のように。生まれたての小鳥の、刷り込みのように。その優しさはスッと胸に染みた。あさりバターとささみサラダをツマミにビールを飲んで、それから刺し身と、サザエの壺焼と、あれや、これや。たくさん食べた。パチスロの話はしなかった。そこに地雷でも埋まっているかのように、巧みに話題をそらしてくれるIさんに感謝した。
居酒屋を出て、また二人で並んで歩いた。
月がキレイな夜だった。
酔っ払っていなかったら、きっと海の方から潮の香りがしただろう。
その日筆者は初めてIさんと手を繋いで、それからしばらくして、彼女は筆者の大切な人になった。
2003年の事である。パチスロ漬けの青春だった。モラトリアム。人生における空白期間。ドーナツの穴の部分。
ただ、それが全くの「無意味な時間」だったと筆者は思わない。
少なくともパチスロがあり、パチスロがあったのだから。
【あしの】都内在住、36歳。あるときはパチスロライター。ある時は会社員。この春から外資系の営業マン。ブログ「5スロで稼げるか?」の中の人。
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