ぼくらはあの頃、アツかった(10) 願わくば、再び寝食を惜しんでプレイに夢中になれる名機が現れんことを
大学時代、筆者はいろんなバイトを経験した。
イタ飯屋から事務所の内装作業員まで。あるいは、電気屋の店頭でルーター配る仕事からバーテンまで。俺は一体何を目指しているのだと言わんばかりの勢いで、とりあえず採用してくれそうなバイトには全部応募して特攻し、幾ばくかのお金を得ては刹那的に散財するというのを繰り返していたのだ。
例えば当時、市内に唯一存在したホストクラブにも特攻したことがある。オーナーは四十絡みの元ホステスの人だったが、出勤して開口一番言われた一言が「姿勢が悪い」だった。応募したは良いがそこで働くのが嫌で嫌で仕方なかった筆者は渡りに船と言わんばかりに「よし姿勢悪いから辞めよう」とすばやく判断し、便所に行くふりをして帰った。在籍期間3分である。ただの社会見学だ。オーナーには申し訳なかったが、その後三年くらい「いやー、俺あのホストクラブで三分だけ働いていたからね!」というのをあらゆる場所で吹聴しては鉄板でウケてたように思う。
あと、「小学生に英語を教える」という不思議なバイトもあった。何が不思議かというと、筆者は別に英語がペラペラとかじゃないからである。一般の大学生レベルだ。一体何がどうなってそういう状況になったかトンと思い出せないのも怖いが、気づいたら市内の団地の一室で子供相手に「えー……英語というのは……あのー、コミュニケーションが……」みたいな感じで一時間くらいやっていたように思う。様子を見ていた母親が部屋から退出した瞬間、生徒との間に目に見えぬ形での意思の疎通がパーフェクトにとられ、速攻でゲームキューブを起動してボンバーマンを遊びはじめたのが懐かしく思い出される。
さて、斯くの如くあらゆるバイトを経験した筆者だが、一番美味しかったバイトは何かと問われたら、これはもう胸を張って即答できる。『キングパルサー』である。
山佐が2001年に放り込んだ『キングパルサー』(以下、キンパル)は『スーパーリノ』に続くサイレントストック機の第二弾だ。知らない人の為にザックリ説明すると「ボーナスが連続で当たる機種」で、しかも「当たりやすい回転数がある程度決まっている」のが特徴だった。
そこから数年間に渡ってスロ業界を席巻し、ゲップが出るほどホールに溢れる事になるサイレントストック機だが、出たばっかりの頃はシステムを理解しきれてないお客が多く、必定、上記の「当たりやすい回転数」の直前で捨てられている台も多かった。
そんなの雑誌やインターネットで調べれば一発で分かるのだが、そこにはとあるカラクリがあった。そう。台の名前に入っている『パルサー』がそれだ。
パルサーはそもそも、カエルのボーナス絵柄でお馴染みの大ヒット機種の名前である。そしてかの機種は『ジャグラー』と並び、お年寄りに好かれる台の代名詞であった。そう。金つばとか、栗しぐれの如く、である。
なのでキンパルもまた、お年寄りからの人気がたいへんに高かった。
なんせあのパルサーシリーズのニューカマーである。誘蛾灯に誘われるかの如く、数多のお年寄りがふらふらと近寄ってきては座る。それはもう公園で仲間と囲碁でも打つくらいの感覚である。そして彼らはカジュアルにハマり、そしてクールに去ってゆく。当然お年寄りはサイレントストック機の中身なんか知る由もない。鍵穴をネジネジしたら当たるとか、マリンちゃんが「もう一回!」って言っている時にガラスを撫でれば当たるとか、そんなレベルなのだ。やれ解除テーブルがどうのとか、そんなの知ったこっちゃないのである。
そして、その後ろにはパツキンでキーチェーン付けた姿勢の悪い若者が待ち構えており、お年寄りが育てた『美味しい回転数』の台を奪取する。
そこには自然の摂理が……弱肉強食の連鎖があった。
奪衣婆vs野武士。まるで羅生門のような構図であるが、実際これで簡単に勝てた。
地域によって差はあるだろうが、筆者が根城にしていた九州の西海岸は全体的に「お年寄りのパチンカー・スロッター」が多い地域で、かつ、ガチで立ちまわっているスロ専門のプロは少なかった。まだインターネットの普及率も都会ほど高くなかったし、近所にコンビニが無いホールだと休憩時間にスロ雑誌を立ち読みにもいけない。
そう。情報の有無の影響がモロに出ていたのだ。そして筆者はこの時、確実に「情報強者」だった。なぜなら電気屋でルーター配っていたから。筆者の家にはブロードバンド環境が、かなり早い段階からあったのである。
──ヘブン状態。
筆者の記憶の中で唯一、パチスロが甘かった時期だ。
当時は朝一から車をカッ飛ばし、市内のホールをぐるぐる回っているだけで、びっくりするほど簡単に勝てた。美味しそうなゲーム数の台が有ったら打って、ゾーンを抜けたら辞める。たったそれだけである。一日頑張ってバイトしてどうにか八千円とかが稼げてた時代に、キンパルは破格の日当二万以上をコンスタントに叩きだしてくれていた。
基本負け犬である筆者からは想像も出来ない勝率だった。
そして今だからこそブチ上げるが、その状況のクライマックスは間違いなく『パニックザウルス』の導入から一ヶ月ほど経った頃であった。
『パニックザウルス』はキンパルと全く同じシステムの姉妹機で、立ち回りの知識がそのまま流用できた。そしてあんまり人気が出なかった。不人気台である。そして不人気台はその宿命として「あんまりスロを知らない人が座る」ゆえ「そこで辞めんの!?」みたいな所でポロっと捨てられてる台が散見されていた。狙い所は平日の客付きが一割を切ってるような、税金対策で建てられたとしか思えないぼったくりホールである。
ハイエナのライバルたちからも見棄てられた、もはや、土塁の影に埋もれたような──暗く寂れた……腐りかけて饐えた臭いのする、呪われしホール。そこだ。そこにお宝台は確かにあった。どうせストック飛ばされてるさと諦める事なかれ。飛ばしてません……! そんなホールのスタッフは、面倒だから飛ばさない……! むしろベタピンで導入から撤去までフル放置。あるいはキンパルなら消すかもしれないが、パニックザウルスは完全放置。3日とか4日。ヘタしたら一週間くらいかけてちまちま未練打ちされたパニックザウルスが、天井に頭をぶつけながら手招きをしていたものである。
当時はバイトも辞め、ただひたすらにキンパルとかパニックザウルスを打ち続けていた。
大学は休学中だったし「バイト」か「パチスロ」くらいしかやることがなかった。
そしてキンパル、あるいはパニックザウルスは、その2つの要素を同時に兼ね備えていたハイブリッドであった。
要するに、遊びながら稼ぐという、ダメ人間の妄想の中にしか存在しないであろうエル・ドラドが、その時期限定で確かに存在したのである。
キンパルがもたらした破格のボーナスステージは、都合半年ほど続いたように思う。
たった半年か、とも思うし、また同時に、よく半年ももったものだとも思う。とりあえずその間、筆者は完全にキンパルしかやってなかった。
他にやってたことは「ご飯たべる」「寝る」「トイレ」だけだったと言っていい。今思うとよくもまああれだけ頑張ったものだが、一方で、あれだけパチスロ漬けの生活はもう二度とない予感がする。よしんば、全く同じ状況で再度眼前にエル・ドラドが現れたとして、筆者はあれほどまでにスロ漬けの生活に、また足を踏み入れる事ができるだろうか。正直、あまり自信がない。あの勝利はきっと、有り余る若さと時間と、そして情熱の成せる業だったのだろう。
願わくば、外的要因──寝食を惜しんでプレイに夢中になれる名機が、再び現れん事を──。
(文=あしの)
【あしの】都内在住、36歳。あるときはパチスロライター。ある時は会社員。この春から外資系の営業マン。ブログ「5スロで稼げるか?」の中の人。
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